発達障害グレーゾーンの子の友達関係が心配|中学生になった娘の今

3・4年生(中学年)

娘は小学校に入学してまもなく、発達障害グレーゾーン(ADHD+ASD)だとわかりました。

入学前は、0歳児から保育園に通っていて、そこでは特定のお友だちとばかりいる子どもではありましたが、先生たちの見守りが手厚いこともあり、お友だち関係に大きな不安を感じることなく、過ごすことができていました。

けれど、小学校入学後は、お友だちとのトラブルが続く毎日になりました。大声・奇声・物を投げる・蹴る…。激しい特性が出始めた頃は毎週のように学校から電話がかかってきました。

このときのことは小学校入学を機に発達障害の指摘を受けることもに詳しく書いています。

学校に慣れてくると、激しい特性が落ち着いてきたのですが、今度は、お友だちとの距離のとり方や、コミュニケーションの難しさが目立つようになりました。

「娘が仲良くできる友達が見つかるのだろうか」そんな不安をずっと持ちながら娘を育ててきました。今は中学生になった娘。この記事では、娘の今と、娘を見て私が気づいたことを書いていきたいと思います。

友達ができるか心配

「発達障害グレーゾーンの娘に、気の合う友達ができるんだろうか」——集団行動が苦手だったり、宿題をやらなかったり、いろいろ気にかかることはありましたが、私が1番心配していたのは、お友だち関係でした。

会話のテンポについていけないところがある娘は、クラスで目立つ元気タイプの子たちとは、特別に仲良くなることができませんでした。

低学年の時に一緒にいることが多かったのは、帰り道が同じ方向の子たちだったのですが、小さな仲間はずれやコソコソ話が多かったようで、毎日居心地の悪さを感じているようでした。

友だちトラブルが増えた頃に家でやったことは友だちトラブルが増えた理由と家でやったことにまとめています。


小学校に入学してから娘は、「ああなりたい、こうなりたい」とお友達を羨ましがることが増えました。「あの子のところには人が集まってくる」「こっちから誘えば遊ぶけど、向こうからは誘ってくれることがない」「自分は人気がない」。そんな悩みを話すことがしばしばありました。

本人もお友だち関係がうまくいっていないことを感じていたのだと思います。小学校入学後は、それまで気づいていなかった特性が出てきたこともあり、毎日のようになにかしらの注意をされていました。今思えば、自信をなくし、他の子がよくできているように見えていた時期だったのでしょう。

この時期の娘のことは問題行動が目立った1年生|3年生になって友だちにも伝わった良さにも書きました。

そんな娘を見ていると、親としても心配せずにはいられませんでした。


明るいほうが良いと思っていた

私が20代前半の頃でした。「ネクラって素敵だと思うの」と言う友人がいて、ちょっとした衝撃を受けたことがありました。漠然と「性格は明るいほうが良い」という価値観を持っていたのですが、これを機に、それまで否定してきた自分のネガティブな部分や暗い部分も、明るく受け入れられるようになりました。

明るくいなきゃダメ、と決めていたのは誰でもない自分自身だったこと。見方を少し変えるだけで楽になったのを思い出します。困りごとは多いけれど、娘にも娘の良いところがある、それを娘自身に気づいてもらいたい、そう思うようになりました。

娘が実際に孤立しかけてから、はじめての友達ができるまでの話は小学校で孤立しかけた娘にできたはじめての友達に書いています。

気の合う人は、どこにいるかわからない

小学校や中学校って、たまたま近くに住んでいた人たちが集まっているだけの場所。そこに本当に気の合う人がいる方が、実は奇跡なんだと思います。

だから今いる狭い世界で、それが全てだと思って落ち込まなくていい。世界はもっと広いのだから、気の合う人はどこかにいるはず。

無理して自分を変えようとするのではなく、この先も自分らしく道を選んでいけば、自然と居心地の良い場所にたどりつけるのではないか、と思うのです。

娘を見て、私の見方も変わった

そんな娘ですが、高学年になると、少しずつ友達関係が広がっていきました。そして中学生になった今は、嫌なことを「嫌だ」と言えたり、自分が話したくない時は話さないで距離をおいたり、することができるようになりました。完全ではありませんが、小学生の頃ほど、周りに振り回されることは少なくなったように思います。

中学生になってからの娘の様子は成長でどう変わる?中学生の特性と困りごとに書いています。

小学生の頃は、気がつくことができませんでしたが、娘はお友だちと仲良くしたい気持ちの強い子ではあったけれど、周りに合わせて自分を変えるタイプではなく、自分を持っている子でもあったのだと思います。

中学生になると、親や友達がいなくても、自分の興味があることをやったり、行きたい場所に行ったり、1人でできることがたくさん増えました。誰かに合わせることなく、自分で決めて行動できる自由が持てるようになったことで、娘自身も楽に生きられるようになったように見えるのです。

学校という狭いなかでの娘の様子を見て、お友だちとうまくいっていない、と心配しすぎていたのは私のほうだったのかもしれません。

娘が娘らしく、自分の足で立って、自分の「好き」に向かって動けるようになったこと。その先にきっと良い出会いもあるのだと感じられるようになりました。

別れより、新しい出会いにワクワクするタイプ

実は私は、自分の卒業式でも、子どもたちの卒園式でも、泣いたことがありません。これを周りの人に言うと「冷めてる」と言われてしまうのですが、別れのさみしさよりも、成長した喜びやこれからの新しい生活へのワクワクを大きく感じます。

ひとつ終えた。次のステップへ。新しいことが始まる、新しい出会いがある。その感覚が、私は大好きなのですが、どうやら子どもたちも私に似てしまったよう。娘には、希望を持って、一歩一歩進んでもらいたいと思います。

この記事のまとめ

  • 小学校の頃は友達関係がうまくいかず、親の私がずっと心配していた
  • 娘は周りに合わせるより自分を持っている子で、中学生になった今は「嫌だ」と言えたり、一人でも自分の好きなことに向かえるようになった
  • 狭い世界での様子を見て、心配しすぎていたのは私のほうだったのかもしれない
  • 娘にも娘の良さがある。それを娘自身に気づいてもらえたらと思っている

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