「学校に行く意味って何だろう」と考えたことはありませんか?
娘は小学校に入学してまもなく、発達障害グレーゾーン(ADHD+ASD)だとわかりました。
今は中学生になり、学校に行けることが増えましたが、小学生の頃は、本当にいろいろなつまづきがあり、登校しぶりがたびたび見られました。
登校しぶりがあると、娘本人はもちろんですが、対応する私もたくさんのエネルギーを使うので、とても疲れました。なんでこんな思いをしてまで学校に行かせなくちゃいけないんだろう…と何度も頭をよぎりました。
この記事では、ある知人との会話をきっかけに、改めて学校に行くことの意味を考えるようになった出来事を書いていきたいと思います。
知人との会話
先日、お子さんの不登校を経験したことがある知人に会いました。
私が子どもの頃は、学校に行くのが当たり前の時代でしたが、今は学校に行かない選択をする家庭も増えているように感じています。
その知人も以前、「学校に行くことにこだわらなくていい」と話していました。
その気持ちは今も変わらないと思います。でも、そのお子さんが今は自分に合う環境の学校を見つけ、お友だちとの出来事を楽しそうに話している姿を見ると、「今しかできないこういう経験ができて本当に良かった」とも感じたそうです。
学校に行く意味、そして学校に行かせる意味
知人と話をしていて、学校に行く意味は、これだ、と思いました。
同じくらいの年齢の子たちと一緒に過ごす時間を持てること。
勉強だけなら、家でもできる時代になりました。
だから、無理に学校という形にこだわらなくてもいい、と私も思っています。
でも、同じ年代の子どもたちと関わる経験は、家だけではなかなか得られません。
10代ってあっという間に過ぎてしまいます。社会人になって出会う人もたくさんいるけれど、社会に出る前の出会いとは少し違うように感じています。
地位や収入など、余計なことがなく、みんながフラットな関係で出会えるのは学生の頃です。学校は、そういった出会いが期待できる身近な選択肢のひとつなので、本人の気持ちが向くのなら、行くことで得られることも多くあるのだと改めて感じました。
極端かもしれませんが、偏差値も勉強する内容もどうでもよくて。家以外にも、その子がその子らしく過ごせる場所があるということのほうが大事なのではないかと思います。
ただ、学校は、身近にある選択肢のひとつに過ぎないということ。娘に合う場所が、学校という場所ではないのなら、学校以外で気の合う仲間が見つかるコミュニティができたらいいと思っています。
親は「守る」ことはできても、同世代との関係性までは代わることができません。家族以外にも、「自分らしくいられる場所」や「つながれる人」を作っていくことは、娘がこの先、生きていくうえで大きな支えになると思うようになりました。
学校の先生に聞いてみた「学校に行く必要性」
「やはり学校には行ったほうがよいのでしょうか」
娘が登校をしぶりながら、休み休み学校に行っていた頃、小学校の先生に聞いたことがありました。
私自身もとても疲れていた時だったので、「学校は無理してまで来なくていいよ」と言われたかったのかもしれません。
でも、そのような答えはもらえませんでした。学校の先生なのだから、今思えば当然ですよね。そして、
「学校を休むようになると、その後に来るためのハードルが上がってしまって、そのまま来られなくなるケースがあるんですよね」
ということを言われました。
登校しぶりの娘にリフレッシュ休暇を作った話はこちらの記事にくわしく書いています。
登校をしぶる理由
学校に行きたくない理由を「これが原因です」と言える子もいるかもしれませんが、言えない子も多いと思います。娘もその1人で、その時によって理由が違いました。
「勉強をやりたくない」「苦手な先生がいる」「算数が嫌い」「具合が悪くても保健室になかなか行かせてもらえない」「〇〇の先生が怖いから授業に出たくない」「課題が終わっていないから怒られる」「〇〇に会いたくない」「気持ち悪くなる」「お腹が痛くなる」…
いろいろ言っていましたが、言葉にしたそのひとつだけが原因ではないこと、そして、娘には学校へ行くための心や体のエネルギーが残っていないことだけはわかりました。
お友だちとうまくいかない
娘はお友だち関係もうまくいかないことが多く、「いじめられるかもしれない」「孤立してしまうかもしれない」と心配したところから学校生活が始まりました。
勉強が嫌な時期も、出たくない授業があった年もきっとあったと思います。でも、娘がずっと悩み続けているのは、お友だち関係ではないかと思っています。
- 娘は言葉をそのまま受け取ってしまうので、裏にある本当の意味を汲み取れず、1人だけ方向がズレてしまうことがあります。
- 冗談や遠回しな表現がわかりにくく、みんなが笑っている意味がわからずに浮いてしまうことがあります。
- 興味のない会話が楽しめないので、みんなで盛り上がっているなか、1人だけさみしい思いをしていることがあります。
- 女子特有の距離感や、コロコロ変わる空気感が理解できず、戸惑うことが多いようです。
- 1対1なら話せるのですが、グループ行動が苦手なので、上手に立ち回れず、学校という場では疲れやすいようです。
頭の良いクラスメイトと比べて、「自分はできない」と思い込んで落ち込んでしまったり。人気者のクラスメイトと比べて、「私のところにはお友だちが来てくれない」と悲しんでしまったり。
先生に話を聞くと、それなりに勉強も頑張れていて、お友だちとの関係も築けているようなのですが、本人が「これでいい」と思えないので、余計に悩みが深くなっているようにも感じます。
発達障害グレーゾーンの子が誤解されやすい理由についてはこちらの記事にくわしく書いています。
それでも娘は、学校に行き続けました。うまくいかないことがあったり、傷ついたりして、休むことはあったけれど、その次の日にはまた学校へ行こうとする。それは娘なりに、「学校は楽しいこともある場所」だと感じていたからなのかもしれません。
登校しぶりの娘が教えてくれた「学校へ行く理由」はこちらの記事にくわしく書いています。
これからもうまくいかないことがたくさんあると思います。でも、娘には同じ年代の子どもたちと過ごす経験をしながら、少しずつ「自分らしくいられる場所」を探していってほしいと願っています。
小学校低学年の頃のお友だち関係についてはこちらの記事にくわしく書いています。
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