娘は発達障害グレーゾーン(ADHD+ASD)です。小学校に入学してまもなく、指摘を受けました。小学校1年生の2学期から登校しぶりが、時々見られるようになりましたが、リフレッシュ休暇を取りながら、学校には通い続けることができていました。
でも、小学校4年生の冬、1か月学校に行けなくなる時期がありました。この記事ではその時のことを書いていきたいと思います。
リフレッシュ休暇を作った理由と娘の変化についてはこちらの記事にくわしく書いています。
環境の変化が苦手な娘に起きた試練
娘を見ていて、発達障害グレーゾーンの子どもにとって、先生との相性はとても大切だと感じています。
最初は、どの先生でも慣れていないので、年度はじめは、毎年のように娘は特性が増えたように見えました。それまで、普通にできていたことができなくなってしまうので、成長が1年前に戻ってしまったような感覚になりました。
このことについてもまた書いていきたいと思います。
でも、先生との関係性ができていくにつれ、新しいクラスメイトにも慣れてくるにつれ、少しずつ自分の持ってる力を発揮できるようになり、3月にはちゃんと成長した姿を見せてくれました。
1か月学校に行けなくなってしまった小学4年生の年は、低学年の時に同学年の他のクラスの担任をしていた先生でした。娘のことを少しでも知ってくれている先生だったのでホッとしたのを覚えています。
おかげで、その年は、大きく崩れることなく新年度を迎えることができ、順調に学校に通うことができていました。
ところが、その担任の先生が11月から産休に入ることが夏休みのあたりにわかりました。とても喜ばしいことなのですが、娘のことを思うと、不安を感じずにはいられませんでした。
そして、迎えた11月、娘が苦手と感じていた男の先生が代行することになり、さらに、年明けの3学期からはまた新しい先生に変わりました。
1年の間に担任の先生が2回変わるという経験は、環境の変化がとても苦手な娘にとって、大きな試練になりました。
1回目の担任変更
産休のために11月から代行してくれたのは娘にとってはじめてとなる男の先生でした。
その先生は、担任の先生がお休みのときなどに、よくお手伝いに来てくれる先生だったので、娘もよく知っている先生でした。
でも、低学年の時に理不尽な怒られ方をしたことがあったようで、苦手意識を持っていました。
発達障害グレーゾーンの子は誤解を受けやすいと感じます。当時、怒られた時の話を聞きましたが、その時も誤解があったようで、とても傷ついたと話していました。
それまでも登校しぶりはありました。でも、リフレッシュ休暇をとって充電すると、その翌日には学校に行けていました。
でも、この頃から娘は休んだ翌日も学校に行けないことが増えていきました。
誤解を受けやすい娘の話についてはこちらの記事にくわしく書いています。
言葉の意味が汲み取れずに困った時の話はこちらの記事にくわしく書いています。
2回目の担任変更
年が明け、3学期が始まった時に、また担任の先生が変わりました。産休代行で新しく来た女の先生でした。男の先生に苦手意識があったので、新しい先生に期待したのですが、残念ながら新しい先生とも相性があまり良くありませんでした。
それまで、相性が悪いと感じた先生がいなかったのが、むしろ幸運だったのだと感じました。
私は、新しい先生とお話する機会を何度か持つことにしました。3学期という短い期間ですが、最初の担任の先生からの直接の引き継ぎがない状況だと思ったので、娘のことを少しでも知ってもらいたいと思ったからです。
ただでさえ、発達障害グレーゾーンの子は
- 話を聞いてないように見える
- やる気がないように見える
- サボっているように見える
- わざと反抗しているように見える
ので誤解を受けやすいです。娘は環境に慣れるまで、特性も強く出やすく、本来できることもできなくなってしまいます。
だから、環境が変わった今はできないことが多いだろうこと、
そして、環境に慣れて安心できれば、落ち着いて力が発揮できる子なので、まずは新しい環境に慣れることを考えていきたい、ことを伝えました。
けれど、伝えることはなかなか難しいものです。
「授業に出ていないわりには勉強を理解していて驚きました」と言われました。でも、私が心配していたのは勉強ではありませんでした。
「勉強が嫌だといっている時のメンタルフォローが難しいので、そこが1番の課題」と言われましたが、そのためには娘が担任の先生に慣れて、安心して話せるようになることが第一歩だと思っていました。
当時は、まだ、落ち着かないからか、娘は先生の話を理解しようと頑張って聞いているけれど、聞いた内容がすっと入ってこないような状態だったようでした。
困った時は、何度か先生に相談に行ったみたいなのですが、うまく伝わらなかった、と感じたようで、そのうち話してもわかってもらえないから言いにいけない…、となっていきました。
私が心配していたのは勉強以前のことでした。
慣れるまでは、勉強なんてどうでもいい。娘は今の状況で学校に行けているだけで十分でした。
お友だちと楽しく過ごせる時間が少しでも持てればそれで良い、と思っていた私とは、見えているものが違うように感じました。
体調不良のエピソード
なんとなく、うまく伝わらない、と思っていた矢先に、娘が学校で体調を崩したことがありました。
先生にも伝えたらしいのですが、娘は「あまり話を聞いてもらえなかった」と言って帰ってきました。見た目にも具合が悪そうだったので熱を測ると38度を超えていました。
保健室には行ったそうなので、学校では熱はなかったのかもしれません。先生は娘だけをみてるわけではなく、30人以上の生徒をみているので、ゆっくり話を聞くことも難しかったのだと思います。
当時の娘は、学校に行けただけで精一杯でした。だから、いつでも迎えに行ける準備をしていましたし、なにかあれば直ぐに連絡してほしいことも伝えていました。
だから、もしあの時、連絡をもらえていたら、何かが変わっていたのかもしれない、とふと思い返すことがあります。
きっと登校しぶりが多かった娘だったから、「また不安定になっているのかな」と思われてしまったのでしょう。娘は言葉で伝えることも苦手でしたし、特性もうっすらしていたので、理解することが難しかったのだろうと思います。
学校に行けなかった1ヶ月の経験を通して考えたこと
そして、その日以降、娘は学校に行けなくなりました。「行かないと」という気持ちもあったようですが、つらそうだったし、困った時に相談できないと感じている状況では登校は難しいと思いました。
合う、合わない、は誰にでもあります。でも、発達障害の傾向のある子にとって、環境の変化の影響はとても大きいものです。そして、困りごとが多い子にとって、「自分を理解し、助けてくれる」人がいるという安心感は学校生活で必要不可欠だと感じています。
先生って本当に尊い仕事だと思います。大勢を指導しながら、個々とも向き合い、導いていくのですから。娘だけでアップアップな私にはとてもマネできません。
誰も悪くはなく、噛み合わなかっただけです。対応してくださった先生方も、不登校気味で娘と関わる時間が短いなか、理解しようとしてくださったのだと思います。1年という長さだったら、なにかが変わったのかもしれない、と思います。
娘が1ヶ月学校に行けなかったこの経験は、先生との関係性がいかに大切かを改めて教えてくれました。そして、困った時に話せる人がいるという安心感が、発達障害グレーゾーンの子どもにとってどれほど大切かを、身をもって感じた出来事でした。
登校しぶりの時にやった対処法についてはこちらの記事にくわしく書いています。


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