発達障害グレーゾーンの娘の登校しぶり|口を出さずに「待つ」と決めた結果

青空にこぶしを上げる小学生のシルエット|登校しぶりを乗り越えた朝 3・4年生(中学年)

発達障害グレーゾーン(ADHD+ASD)の娘は、しばしば登校しぶりをします。3年生になってからは久しくなかったのですが、2学期が始まってすぐ、ひさびさにそれがやってきました。

2学期のはじまりと母子登校のことは、前回の記事に書きました。その記事の最後で少し触れた「このあと登校しぶりが始まる」というのが、今回のお話です。

いつもならあれこれ声をかけて解決しようとしてしまう私ですが、今回はあえて何も言わずに「待つ」ことを選びました。その結果、娘が教えてくれたことを書いておきたいと思います。

順調すぎる朝があやしかった

その日の朝、娘はいつもより1時間半も早く起きていました。

早朝覚醒というほどではないけれど、なんとなく様子が違う。YouTubeを見て、家の中に出たヤモリを見つけて外に逃がして(これは関係ないか)、朝の準備もさっさと終わらせて、時間が余ったのでゲームをしていいか聞いてきて、約束の時間にはちゃんと自分でやめる。

あれ、今日はやけに順調だな……と思っていたら、その逆でした。

家を出る直前になって、「学校行きたくないーっ!!」のひとこと。

登校班を抜けていたから、慌てずにいられた

以前の私なら、これでかなり慌てていたと思います。登校班で集団登校していた頃は、直前に「行きたくない」と言われると、班のみんなに事情を伝えに外に出て、仕事の調整も考えて、本当に無理なのかを見極めて……と、一気に頭がフル回転していました。

でも今は登校班を抜けています(その経緯はこちらの記事に書いています)。その日はちょうど、一緒に登校しているお兄ちゃんが部活の朝練で先に出ていて、もともと母子登校になるとわかっていた日でした。だから私にも、いつもより気持ちの余裕がありました。

前回の記事に母子登校についてはくわしく書いています。

グレーゾーンの子は、普通のことが人一倍苦手なのに、普通の子と同じことを求められてしまいます。普通級で毎日を過ごしているというだけで、本当はすごく頑張っているんですよね。

娘の連絡帳には、朝の様子と「何かあれば連絡をください」を書きました。

「何かあれば連絡をください」

このひとことを書いておくと、娘は少し安心できるようなところがありました。娘にも「不安になったり、気分が悪くなったりしたら、先生に伝えてね」と話し、その日はなんとか送り出すことができました。

「今日は寝ない」宣言の夜

結果的に、その日は最後まで学校にいることができました。本人は途中で帰りたくなる場面もあったようですが、学校というのは一度行ってしまうとなかなか帰してもらえないものでもあります。今思うと、娘はそういう体制にも不満があったように感じています。

「帰りたい」と言っても聞いてもらえなかった。

と、言っていたこともありました。帰りたくなったらいつでも迎えに行くので連絡ください、と伝えていた時期もありましたが、学校としては、帰りたいと言ったから帰らせる、なんてことをしていたら成り立たないですよね(笑)

娘みたいなタイプは、「早退できる」という安心感が、登校する力になったり、学校に行ったら行ったでできるところまで頑張って見ようと思えたり…するような気もするのですが、甘やかしになってしまうような感じもして、難しいところだな、と思います。

一度始まった登校しぶりは、1日では終わらず、自分の気持ちの整理がつくまで、しばらく続きました。


その日の夜、娘は宣言しました。

「明日は学校に行かない」「今日は寝ない」

当日の朝に言っても聞いてもらえないなら、前の晩から言い続けてやろうと思ったのかもしれません。家族が寝静まったあとも、娘はひとりリビングで、当時お気に入りだった『ムーミン』の動画を見続けていました。

娘はもともと寝つきに時間がかかるタイプで、家で入眠サポートを試してきました。そのときの話はこちらの記事に書いています。

口を出したい気持ちを、ぐっとこらえて

正直、「早く寝なさい」「明日も学校あるんだから」と言いたい気持ちはありました。でも、それを言ったところで娘の気持ちが片づくわけではないこともわかっていました。

3年生になってから、こういう登校しぶりは実ははじめてでした。1学期の間に特性がぶり返して大変な時期もあったのに、登校しぶりだけはなかった。それが今、出てきている。

娘の中で、何かどうにもできない感情が湧き起こっているんだろうな。それを本人もきっとうまく説明できないんだろうな。どんな気持ちなんだろうな。

そんなことを考えながら、私は寝室で娘が来るのを待っていました。

深夜、ぼんやり見えてきたこと

ぼーっとしていると、ふとよいことを思いつくときがあります。娘が0時を過ぎてようやく布団に入ってきたころ、私の中にもひとつの答えのようなものが見えてきました。

金曜日はもともと娘の特別支援教室(通級)の日で、連絡帳を通じて担任の先生と通級の先生に様子を伝えられる日でした。だから連絡帳に書けば済む話ではあったのですが、直接話せるなら話したいと思い、アポも取らずに学校に行ってみることに決めました。ちょうどその日は仕事が休みで、先生が時間を取れなければ連絡帳だけ渡して帰るつもりでした。

娘のことがきっかけで、私もずいぶん図々しくなったものです。

翌朝、娘は自分で決めていた

寝不足のはずなのに、娘は翌朝ちゃんと起きてきて、こう言いました。

「今日は学校に行く」

前の晩に『ムーミン』を見続けていたのは、きっと娘なりに気持ちの整理をつける時間だったんだと思います。答えは、もう娘自身の中にあったのでしょう。

気持ちが整うまで少し時間が必要な子だけれど、あれこれ言わずに、自分で決められるまで待つことも大切なんだな。そう思った出来事でした。

「待つ」は、何もしないことじゃない

この一件で気づいたのは、「待つ」というのは、ただ手をこまねいて何もしないことではないということです。

娘の気持ちが片づくのを黙って見守る一方で、先生に会いに行くという行動は自分から取りに行きました。口は出さないけれど、周りの環境は整えておく。娘が自分で決めるための土台だけは、こっそり用意しておく。そんな感覚に近いかもしれません。

正直、毎回こんなふうに冷静に待てるわけではありません。仕事がある日だったら、今回みたいな余裕は持てなかったと思います。「待つ」が正解とわかっていても、実際にできるかどうかはその日のコンディション次第、というのが本音のところです。

それでも、娘には自分で決める力があるんだと、この夜あらためて教えてもらいました。

この記事のまとめ

  • 久しぶりの登校しぶりが、小学3年生の2学期のはじめに起きた
  • 登校班を抜けていたおかげで、以前より慌てずに対応できた
  • 「今日は寝ない」宣言の夜、口を出したい気持ちをこらえて娘を待った
  • 通級の日に合わせて、直接先生に会いに学校へ行った
  • 翌朝、娘は自分で「学校に行く」と決めていた
  • 「待つ」とは何もしないことではなく、娘が自分で決めるための土台を整えておくことだと気づいた

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