発達障害グレーゾーン|小学校入学後に一番つらかった時期とその理由

発達凸凹娘・小学校時代

現在、中学生の娘がいます。発達障害グレーゾーンと言われています。一番つらかったのははじめて発達障害の傾向を指摘された小学校に入学してまもない頃でした。

当時、私は看護師として常勤で勤務しており、子どもがまだ小さかったため、夜勤は曜日指定で月に2〜3回。夫やその他家族に頼ることもできない環境だったので家事や育児は1人で背負い、こなしていました。


今思えば、保育園は本当にありがたい存在でした。娘は0歳から通園していましたから家と同じくらい安心できる場所だったと思います。


そんな娘が生まれてはじめて大きく環境が変わる経験をしました。

それが小学校入学です。

保育園ではまだ発達障害の指摘を受けたことはなく、私自信もまさか我が子に発達障害の傾向があるなんて思ってもいませんでした。

そのため、小学校入学と同時に、上の子(4歳上の兄)が利用していたのと同じように学童保育を利用する選択をしました。


しかし、これは私が子育てをするなかで一番悩んだ時期となりました。そして娘にとっても人生で最も大変だった時期だったと思います。


娘は少し遠い保育園に通っていたため、小学校では知っているお友達がほとんどいない状態でのスタートでした。保育園から学校へという大きな環境の変化に加え、学校後には学童保育という、さらに違う環境にも入ることになりました。

普通の小学1年生でも学校だけで疲れてしまうなか、、、そのあとに、学童保育に行く生活。お迎えは夕方の5時半。(これもかなり頑張って迎えに行けた時でもっと遅くなることも…)

朝7時半に出て、気づけば約10時間…。発達障害の傾向を抱えながらまだ小さい娘が毎日毎日頑張っていたと思うと今でも涙が出てきます


保育園=安心できる環境

→落ち着いて過ごせていたので特性が目立たなかった

学校+学童保育=不安な環境

→我慢して耐え続ける状態

ここから娘は別人のように変わっていきました。


それまでは安心して過ごせていた環境だったからこそ、特性が表に出ていなかっただけでした。娘の特性が強く現れはじめたのは入学から約1ヶ月後、5月の中頃でした。

当時、発達障害の知識がなかった私は、気づいてあげられなかった自分を責め、「母親失格」だと思い詰めていました。

さらには、娘が元気に生まれてこられなかったのは妊娠中の私の行動が悪かったのではないかと自分を責めるようにもなりました。


これから娘の発達障害の特性と、その中での私の葛藤について書いていきたいと思います。

小学校入学を機に発達障害の傾向を指摘された体験についてはこちらの記事にくわしく書いています。

娘が学童をやめた理由についてはこちらの記事にくわしく書いています。

家ではいい子なのに学校で問題が起きる理由についてはこちらの記事にくわしく書いています。

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