発達障害グレーゾーンの妹を持った兄の苦悩|きょうだい児として過ごした日々

発達凸凹娘・中学校時代

発達障害グレーゾーンのきょうだいを育てていると、定型発達の子どもへの影響が心配になることはありませんか。

娘は発達障害グレーゾーン(ADHD+ASD)です。小学校に入学してまもなく、指摘を受けました。当時は、特性(好ましくない行動)が外に向かうことが多かったので、周りを巻き込んだトラブルが多くありました。学童では続けることができなくなり退所。毎日のように、学校から電話がかかってきた時期もありました。

もちろん、娘が1番つらかったと思います。でも、一緒に暮らしていた定型発達の息子もつらい時期がありました。この記事では、発達障害グレーゾーンのきょうだいを持った「息子の苦悩」について書いていきたいと思います。

発達障害グレーゾーンの娘と定型発達の息子

発達障害グレーゾーンの娘には、4学年上のお兄ちゃんがいます。息子の方は定型発達で、本当に手がかからない子でした。小さい頃から、兄妹仲も良い方で、いつも妹の遊び相手になってくれていました。娘に発達障害の傾向があるなんて知らなかった小学校入学前は、今思うと、とても穏やかな毎日でした。

けれど、小学校に入学してからは、どうしても娘が荒れてしまう時期があり、家のなかがピリピリしてしまうこともありました。

発達障害グレーゾーンの娘は長期休み明けに荒れやすい

娘は長期休み明けが苦手で、その時期は体調を崩したり、登校しぶりしたりすることが増えました。とくに、環境変化をともなう新年度の4月、GW明けの5月、疲れが出てくる6月は、不安定になりやすくて、荒れてしまうことが多くありました。

『新しいクラスで頑張っている』『頑張ってるからこそ疲れてしまう』

そうとわかっていても、心のままに始まる大声や癇癪には、反射的にイラッとしてしまうし、平静を保つのは大きな努力が必要でした。

年齢があがるにつれて、不安定になる期間が短くなりましたし、荒れ方も落ち着いていきましたが、小学校の中学年くらいまでは、感情のコントロールが苦手な娘に、家族が振り回されてしまうことばかりでした。

特性が激しくなってしまった時にやった対処法はこちらの記事にくわしく書いています。

小学2年生の時

娘が小学2年生に進級したのは、コロナで日本中の小学校が一斉休校になっていた年でした。

支援を受けはじめ、環境にも慣れはじめ、学校生活もだいぶ落ち着いて過ごせるようになった頃だったのですが、突然のパンデミックで、ステイホーム生活が開始。娘は、家だと落ち着いて過ごせることが多いので、その変化には問題なく順応できたのですが。

学校再開の壁がとても大きなものになりました。

これは本当に特殊な時期ではあったのですが、再開後の娘はとても不安定になりました。その頃につぶやいたものがあるので、こちらに載せたいと思います。


昨晩、定型発達の息子が泣いていました。娘の奇声と暴力に耐えられなくなり、くやしくて、悲しくて、泣いていました。

娘は、発達障害のグレーゾーンです

今月から学校が再開となり、娘は学校で過ごせる時間が増えてきました

けれど、学校で頑張っている分、家では特性がふたたび目立つようになりました。

大声、奇声、暴力…

私にとっては想定内のことですが(当時)小6の息子はつらいと思います

自分も学校が再開になって疲れているのに、妹の奇声を聞くのはストレスがたまるし、叩かれたら、叩き返したくもなるでしょう

しかし、息子は、妹の特性を理解しようとしてくれているので、自分の衝動をできるだけ、抑えようとしてくれます

息子は必死で耐えてくれていました

娘も頑張ってる
そして、息子も頑張ってる

「ゼロにはできないけれど、余計な我慢だけはさせない」

私が、息子に対して、いつも意識していることです。


泣いてくれてよかった、つらい時は泣いて欲しい

グレーゾーンの娘に手をかけざるを得ないことも多いですが、心のかけ方は平等にしたい

そう思っています


特性が強く出てしまった時期、人に嫌な思いをさせたいわけではないのに、行動を止められず、娘自身も苦しかったと思います。

でも、同じ家に住んでいる息子もたくさん我慢してくれたし、我慢させていたとも思います。

どうしても親の目や手は娘の方に向けられることが多くありました。自分は迷惑をかけないようにしよう、そう思ったかはわかりませんが、自分でできることは何でもやってくれる子でした。あの頃は、わがままを言いたくても、言えなかったんじゃないかな、と思うと、胸が苦しくなります。

その後の娘の成長

翌年、小学3年生になった娘は、相変わらず、発熱したり、リフレッシュ休暇をとったりしながら、4月〜6月を過ごしていました。ふだんより、荒れてはいましたが、暴力などの攻撃的な特性は落ち着き、少し成長を見せてくれました。

進級進学による環境変化は避けることができないし、中学生になった今でも、4月〜6月は特性が増えて、毎年「1年前に戻ったような錯覚」を覚えます。

でも、こうして昔のことを思い返すと、今は本当に立派になったと感じます。

今の娘の姿が鮮明過ぎて、昔の記録を引っ張り出すと、こんなに荒れていたのかと、新鮮に驚いてしまったりしています。

あの頃は、娘が大きくなったときのことをとても心配していました。特性はずっと付き合っていくものだということは間違いありませんが、娘は娘のペースで大人になっています。今は娘のこの先の成長を少しずつ信じられるようになってきました。

登校しぶりの娘にリフレッシュ休暇を作った話はこちらの記事にくわしく書いています。

その後の息子の様子ときょうだい関係

発達障害グレーゾーンの子も大変なんですが、きょうだいも大変だと、定型発達+発達障害グレーゾーンを育てていると思うことが多々ありました。

娘が小学2年生のとき、息子は小学6年生でした。

妹が傷つくような言葉をいっさい言わなかったし、叩かれても叩き返さないようにグッと堪えてたりしていました。小学6年生で、そこまでできていたことが今思うと本当に驚きです。

今高校生になった息子と中学生になった娘の関係は、小さい頃とはだいぶ変わりました。仲は悪くないですが、息子は娘に言いたいことを言ってます。

「うるさい」「なんでわかんないの」

はよく飛び交っています。声やら物音やらとにかく音を出し続ける娘。会話がズレて、意図してない行動をする娘。

聞こえてるのに伝わらない娘との会話のズレについてはこちらの記事にくわしく書いています。

私も見たり聞いたりするとイライラしてしまうのですが、言葉に出すのはだいたい息子です。小さい頃はあんなに耐えてたのに。今は容赦なく突っ込んでいます(笑)

大きくなると、配慮なんてしてもらえないし、優しい言葉ばかりかけてもらえるわけではない。お兄ちゃんは1番身近な同世代の人。お兄ちゃんとの関わりのなかで、こういうやりとりをしたらいいんだ、ということが学べると良いのかな、と今は思っています。

大好きなお兄ちゃんの言葉なら、ちょっときつく感じる言葉も受け入れて、成長につなげてくれるのではないか、とひそかに期待しながら見守っています。

グレーゾーンの娘の将来を心配していた私が今思うことはこちらの記事にくわしく書いています。

学校へ行く意味とは?についてはこちらの記事に書いています。

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