娘が放課後デイサービスを利用していた頃、私は意識して息子と2人で過ごす時間を作っていました。
息子は長男で、定型発達。本当に聞き分けが良くて、我慢強い子でした。娘がいる時間は、息子に我慢をさせたくないと思っていても、どうしても娘に合わせないといけない場面が多く、いつも我慢していたように思います。
だから、娘がデイサービスへ行っている時間だけは、好きな場所へ出かけたり、2人で少し贅沢なご飯を食べに行ったり、息子がやりたいことをやりました。
この記事では、いつも我慢させがちだった息子とふたりきりで過ごす時間を作った理由と効果について書いていきたいと思います。
発達障害グレーゾーンの妹を持った兄の苦悩はこちらの記事にくわしく書いています。
きょうだいとの時間を作った理由
息子との時間を作ることは、最初は“息子のため”のつもりでした。
ただでさえ、子育ては下の子に比重が置かれがちになりますよね。
そのうえ、わが家は「上の子は手がかからない」「下の子は少し手がかかる」タイプでした。だから、気づくと息子を後回しにしてしまうことが、何度もありました。
頭では、「平等にしなきゃ」「我慢させないようにしなきゃ」と思っているのですが、実際にはなかなかできないものでした。
次の休みはみんなで〇〇に出かけよう、と決めていても、娘は時間感覚が薄いのでなかなか準備が進みません。時間が足りなくなり目的の場所に行けなくなることもありました。
旅行先でも、娘は興味のない場所だと「疲れた」「もう歩きたくない」と言って、先に進まなくなってしまうことがありました。娘は興味のないものには、本当に関わろうとしないタイプだったので、楽しい旅行ムードが台無しになることもありました。
今は食べられるようになったのですが、特性が目立ちはじめた頃は肉の塊と脂身などが苦手だったので(食感にちょっと敏感でした)家で出るご飯はひき肉メニューばかりでした。
成長とともに、ゆっくりゆっくりと時間感覚が身につき、食べられるものも増えていきました。(旅行に関しては、今も状況は変わっていませんが…笑)
娘が中学生になってからは、個々で行動できるようにもなったので、今は息子に我慢させることはほとんどなくなりましたが、当時は決まったことに合わせてくれていました。
息子も今は高校生ですが、当時はまだ小学生。残念なことがあると、何も言わずにひとりで静かに泣く子だったので、本当に切ない気持ちになったことを思い出します。
でも、今振り返ると、その時間は私にとっても大切な時間でした。
息子のために作っていたつもりだったけれど、私自身の気持ちを保つためにも、必要な時間だったように思います。自己満足かもしれないけれど、息子の時間も大切にしていた、と思えるので、平穏な気持ちでいることができます。でも、あの時間がなかったら、きっと今もふと思い出し、後悔していたのではないかと思います。
息子が中学生になると、部活が忙しくなりました。休みの日はお友だちと過ごすことが増えていき、高校生になった今は、ほとんど家にいません。
子どもが親を必要とし、一緒に過ごす時間を楽しみにしてくれる時期なんて、ほんの一瞬なんだと、通り過ぎた今、心の底から思い、さみしくなるばかりです。こんなことなら、もっと時間を作っていても良かった、と思います(笑)
お母さんを独占する時間の作り方
娘は小学校に入学してまもなく、発達障害グレーゾーン(ADHD+ASD)だとわかりました。学童も退所せざるを得なくなり、学校以外の時間はほぼ家にいたので、息子と2人になれる時間はほとんどなかったのですが、
娘が放課後等デイサービスを利用するようになってからは、通所している時間だけ、ふたりで過ごせるようになりました。
放課後等デイサービスについては、こちらの記事にくわしく書いています。
娘は土曜日に利用していました。たしか、朝の9時過ぎにお迎えがきて、14時半位に帰ってきていたと記憶しています。時間にすると5時間弱。遠出はできませんでしたが、お昼ご飯を食べて、ちょこっと好きなことができました。娘には申し訳ないけれど、土曜日が来るのが毎週楽しみでした。
児童発達支援のデイサービスで働いた時のこと
娘が発達障害グレーゾーンだとわかった後、私は仕事をやめました。小学校入学当時は退職なんて微塵も考えていなかったのですが、入学してから娘の問題行動が増えはじめ、学童保育所に通い続けることが難しくなったからです。
学童を退所した理由と娘のその後の変化はこちらの記事にくわしく書いています。
学童を退所し、私も仕事も手放すしかなかった時の話は、こちらの記事にくわしく書いています。
退職後、ひさしぶりの専業主婦になりましたが、失業手当がもらえる時期は半年。それ以上は経済的な事情で働かないわけにはいかなかったので、娘が学校に行っている間だけできるパートタイムの仕事を探すことにしました。
そして、見つけたのが児童発達支援のデイサービスでした。
私は、娘のことがあってから、サポートが必要なお子さんとその家族の支援をしたい、と考えるようになりました。働き始めたのは、発達障害ではなく、身体に障害のお子さんが通う施設だったので、少し状況は違いましたが、娘の帰宅時間までには帰れるし、やりたいと思い始めていた仕事だったので、当時の私にとっては希望どおりの職場でした。
私が入職してすぐに、利用をはじめることになったお子さんがいました。初日は、一部、保護者の方に一緒にいていただいて、一通りのケアを教えていただくことになっていました。
たまたま、その日が私の勤務日と重なり、立ち会うことができたのですが、お母様がこのようなことを話してくださったのが、今も心に残っています。
「こちらに通う日は保育園を休ませて、この子の妹とふたりで過ごしてあげたいと思います」
私が息子に対し、思っていた気持ちそのものでした。わかりすぎるくらいわかる言葉でした。
通所施設を利用する3つの意味
私が勝手に思っていることなので、一般的なものかはわかりませんが、私はこういった施設を利用することに3つの意味があると思っています。
①障害のあるお子さん自身が他の子と交流する機会になったり、家ではできない経験をすること
→いわゆる、保育園や幼稚園のような役割
②お母さんが休息するなど、お母さん自身の時間を確保すること→レスパイトケア
③障害児のきょうだいがお母さんと過ごす時間を持つこと
だから、施設を利用することは家族みんなにとって良いこと。そう思っています。
障害児のある家族というと
一番お世話する人=母親に焦点が当てられることが多いですが、障害児のきょうだいもやはり大きな影響を受けます。
・よく言われるのは親が障害のあるお子さんの世話が忙しくて寂しい思いをしてしまう
・お世話をする役割を担うことになる
・良い子であることを期待される(ような気持ちになる)
などです。これらをみるとマイナスな印象を受けますが、その環境だからこそ育まれる多様性の理解や人との関わりとしても深みなどもあるのではないかと思っています。
その良い影響を引き出すためには、きょうだいにも目を向けてあげること、がとても大切だと感じています。
そして、見ているよ、ときちんとその都度、言葉で伝えてあげること、が大切だと思っています。
やはり言葉にしないと伝わらないんですよね。きちんと伝えて、子ども自身にちゃんと認識させてあげてほしいと思います。
当たり前のように思われるかもしれません。でも、お母さんって本当に忙しいです。意識していても、なかなか時間が取れないのが現実だと思います。
私はこのことを娘の発達に特性があると指摘されてようやく実感として知りました。
だから、このお母様の言葉を聞いた時、こころから応援したい、と思いました。
これからも頑張るお母さんたちをほんのちょっとの時間かもしれないけれどサポートしていきたい、あらためてそう思った出来事でした。
知識があるからこそ、追い詰められるお母さんへ。こちら


コメント