娘は、小学校に入学してまもなく、発達障害グレーゾーン(ADHD+ASD)だとわかりました。学校での問題行動が増え、お友だちとのトラブルもたびたび見られるようになりました。利用していた学童も続けることが難しくなり、退所。すぐに支援を受けるための手続きをすることにしました。
支援を受け始めると少しずつですが、娘は成長していきました。小学2年生の3学期には他のお子さんたちと遜色ないくらいに落ち着いて過ごせるようになり、利用していた特別支援教室(通級)の退室の話をいただくまでになりました。
ところが、小学3年生になると、困りごとがふたたび増え始めました。
当時の私は、「どうして急に?」と戸惑うばかりでした。でも、娘と話したり、その行動の意味を私なりに考えたりするなかで、少しずつ理由が見えてきました。
今日は、小学3年生が娘にとって大きな転機になった理由について書いていきたいと思います。
小学3年生で一気に環境が変わった
娘が小学3年生になった年、それまで6年生だったお兄ちゃんは卒業し、中学生になりました。娘はお兄ちゃんをとても頼りにしていました。
登校しぶりが多かった娘でしたが、大嫌いだった登校班での登校も、お兄ちゃんが一緒だったから頑張れていた日がたくさんありました。
中学校に入学したあとも、幸い、中学校が同じ方面だったので、部活の朝練のない日はお兄ちゃんと一緒に登校できました。しかし、朝練の日はそれができません…。私が付き添って登校するようにしていましたが、行けたり行けなかったり…という日が続きました。
お兄ちゃんがいなくなったことは、娘にとっては、とても大きな変化でした。そして、環境の変化はそれだけではありませんでした。
集団登校や登校しぶりについてはこちらの記事にくわしく書いています。
勉強も少しずつ難しくなってきた
勉強では算数につまずきはじめ、「気持ち悪い」と訴えることが増えていきました。
それまでも精神的な苦痛が体調に影響してしまうことがなかったわけではありません。でもあとにも先にも、その回数がぐっと増えてしまったのはこの時だけでした。
もともと嫌いだった計算ドリルは、まったく手をつけなくなりました。
本人も、やらなければいけないことはわかっていたと思います。でも、どうしても取りかかることができませんでした。
娘は、きちんとやりたい気持ちがある子でした。
だからこそ、思うようにできない自分にもイライラしていたのだと思います。以前より感情的になることも増え、算数でのつまずきは、娘にとって大きなストレスになっているのを感じていました。
計算ドリルに取り組めるようになるまでに試したことは、こちらの記事でくわしく書いています。
担任の先生も変わった
小学3年生では、担任の先生も低学年の頃とは変わりました。とても優しかったので娘は新しい先生も大好きでした。
けれど、とても若い先生だったので、娘への対応に悩まれている様子も見えました。こまめに連絡をくださり、その都度対応について相談することも増えました。一生懸命考えてくださっていることが伝わり、ありがたく思っていました。
先生によって経験の違いもあるのだと思います。
もちろん、それだけが理由ではありません。お兄ちゃんの卒業や勉強のつまずきなど、さまざまな環境の変化も重なり、低学年の頃のように少しずつ成長していく感覚は薄れ、どちらかというと、一度できていたことが難しくなる場面が増えていきました。
それまでと何が違ったのか
- 頼れるお兄ちゃんの卒業
- 登校環境の変化
- 学習内容が難しくなったこと
- 担任の先生の交代
さまざまなことが重なり、小学3年生の夏休みが来る頃には、学校へ伝えたい困りごとがたくさん出てきていました。
もちろん、低学年でも不安定になることはありました。入学当時は、今思い出しても一番大変な時期でした。
それでも、支援を受けながら少しずつ落ち着き、成長を感じることのほうがずっと多くなっていきました。不安定になるのも、疲れたときや行事の前、長期休み明けなど、何かきっかけがある時がほとんどでした。
ところが、小学3年生になると、その「きっかけ」がなくても困りごとが見られるようになっていきました。
それまで特別な時だけ見られていた行動が、普段の学校生活でも見られるようになりました。
一度落ち着いたように見えた困りごとが、ふたたび一気に増えました。
頭の中で考えているだけでは整理できなくなり、夏休みの間に、娘の様子を書き出してみることにしました。
だから私は記録を残すようになった
ここで、病院・担任の先生・特別支援教室(通級)・療育などに、
・私が感じたことを正確に説明するため
・頭の中を整理するため
・忘れないようにするため
気づいたことがあるとメモをとるようになりました。
この時の記録は、次の記事で紹介したいと思います。
今振り返って思うこと
その時その時は、娘の困りごとばかりに目が向いてしまい、悩み続けました。でも、今これらの記録を読み返すと、当時に悩んでいたことが鮮明に思い出され、同時に娘が今できるようになったことがたくさん見えてきました。
娘は困りごとが多くて本当に大変だったとも思うし、今も大変さを抱えていると思います。でも、そのぶん、成長の伸びしろは大きいし、成長が目に見えやすいとも思っています。
当時は必要があって書いていたメモでしたが、今は成長を感じられる大切な記録になりました。
次回は、その頃に実際に書いていたメモについて書きたいと思います。
この記事のまとめ
- 小学3年生では、お兄ちゃんの卒業や登校環境、学習内容、担任の先生など、さまざまな環境の変化が重なった
- 低学年では特別な時だけだった困りごとが、普段の学校生活でも見られるようになった
- 困りごとが増えたことで、自分の頭の中を整理し、学校へ伝えるための記録を残すようになった
- 当時の記録は、今振り返ると娘の成長を実感できる大切な財産になっている


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