担任が変わった小学3年生|個別の教育支援計画だけでは伝わらなかった娘の特性

3・4年生(中学年)

小学3年生になった娘は発達障害グレーゾーン(ADHD+ASD)です。小学校に入学してまもなく指摘を受けました。

1、2年生の時は担任が変わらず継続してみてもらえたので、娘にとって担任の先生が変わるのは小学3年生の時がはじめてでした。

旧担任から新担任へ。引き継ぎはされているとは言いますが、娘は環境変化にめっぽう弱く、先生に慣れるまで、気持ちを伝えることが難しい側面を持っていたので、親としてもやはり心配でした。

この記事では、小学2年生の3月に見直した個別の教育支援計画の評価と小学3年生になった娘の様子について書いていきたいと思います。

個別の教育支援計画とは

個別の教育支援計画とは、特別な教育支援を必要とするお子さんに対して(娘のようなグレーゾーンな子など)、必要な配慮を継続していけるように、保育園から小学校へ、担任から次の担任へ、引き継ぐために作成されるシートです。

家庭からは、学校でどう過ごしたいか、娘の得意と苦手、家庭での取り組み、利用している支援などを記入して提出。担任の先生が学校での目標や具体的な支援を追記し、学年末に来年度の引き継ぎ欄が埋められ、翌年の担任の先生に渡されます。

個別の教育支援計画で引き継がれない情報のズレ

しかし、小学1年生から毎年書いてきましたが、療育先でも「十分に引き継がれていないケースは少なくない」と聞きました。

先生が悪いわけではありません。年度末年度初めは先生たちも忙しい。こんなペラペラの紙の情報で一人ひとりを把握するほうが無理というものです。

改めて見てみると、このシートには、年度始めの目標と年度末の評価、そして次年度の課題と具体的な配慮点が書かれるのですが、それまでの経緯や、本来苦手なことが一切書かれていないことに気が付きました。(全部書いていたら膨大な量になってしまうので仕方ないのですが)

娘は、環境に慣れて落ち着くと本来の力を発揮できます。でも、新しい環境では特性が一気に強く出てしまうタイプでした。年度末は1番落ち着いているわけなので(特別支援教室の退室が視野に入るくらいでした)、その時点の情報を引き継がれても、3年生になって環境が変わると情報にズレが生じます。

特性の増減が激しい娘の引き継ぎは、なかなかうまくいかないものなのかもしれない、と感じました。

毎年のクラス替えは環境変化が苦手な子には試練

学校によって違うと思うのですが、当時、娘が通っていた学校は毎年クラス替えがあったので、基本的には毎年担任の先生も変わりました。

毎年のクラス替えは、良い部分とそうでない部分があると思うのですが、娘のような環境変化が苦手な子にとってはデメリットが多いと感じています。

1年生と2年生は運良く同じ先生に見てもらえたのですが(今思うと、娘を含めて支援が必要なお子さんが多めの学年だったので、特別に配慮があったのだと思います)、その年は娘にとってはじめての担任変更。さらに、教室も変わりますし、クラスメイトも変わります。

2年生の3学期には、特別支援教室の退室の話が出るくらいに特性が目立たなくなってきていましたが、また困りごとが増えてしまうだろうなと感じていました。

適応までの時間が短くなればOK

しかし、環境変化で娘の特性が増えるのは仕方がないこと。適応までの時間が去年より短くなっていたら、それだけで十分成長を感じることができると思いました。

小学2年生はコロナ禍で分散登校から始まるというイレギュラーなスタートでした。落ち着いたのは夏休み目前。その期間、約1ヶ月半だったので、今年度は1ヶ月半かからずに落ち着いたら良いなぁ、と考えていました。

始業式の日、好スタートを切れた娘

担任の先生は誰かなぁ、困った時に助けてくれるお友だちがクラスにいるかなぁ。親の心配をよそに、娘はとっても元気に帰ってきてくれました。

先生が誰だったかを聞くと「ママより若くて優しそうな先生だったよ」と(比較しなくていいけど)。一番仲良くしていたしっかり者のお友だちも同じクラスだったようで(配慮してくれたのでしょうか)、娘は好スタートを切れたようでした。

新しいクラス編成表を見ていると、特性のある子の割り振りの仕方、担任の先生との組み合わせ、本当によく考えられていると思いました。学校に感謝です。

小学3年生の1学期の様子

小学3年生の1学期、娘は毎日登校ができていました。学校から電話がかかってくることもなく、穏やかなスタートがきれたと思っていました。

でも、そうではなかったことをその年の夏休みの面談で聞くことになりました。

2学期からは登校しぶりがはじまり、運動会には行くことはできたのですが、種目に参加ができない経験をしました。娘が落ち着き始めたのは3学期でした。お友だちに怪我をさせるとか、そういった大きな出来事はなかったのですが、小学3年生は娘にとって大変な一年になったような印象が残っています。

小学校に入学したあとの、最初の大きな環境変化は、娘にとって大きな試練だったようでした(小学3年生が転機だった理由もあわせてどうぞ)。

先生によって差がある引き継ぎ

環境に慣れれば落ち着いてくることは想像できますが、そうなるまでにはやはり配慮が必要です。

娘が自分で気持ちを伝えられればよいのですが、最初のうちはまだ担任の先生にも慣れていないのでそれが難しい。そのため、私が特別支援教室の連絡ノートで伝えることが多くありました(毎週、担任の先生と支援教室の先生とやりとりしています)。

小学3年生の時の担任の先生とは、連絡ノートでのやりとりが、学校での様子を伝える一方通行になることが多く、伝わっているのかどうか少し不安に感じることもありました。1、2年生の担任の先生は「じゃあ、こうしてみます!」と書いてくださることが多く、それがとても心強かったです。

それを療育のOTの先生に相談したら「あー、よくあることなんですよね。先生によってかなり差があると思います。」と。支援につなげるって難しいですね。

思えば、始業式の日から娘は先生の印象が良かったです。まだ経験の浅い若い先生でしたが、娘は先生のことが大好きでした。

支援の進め方という点では、私が戸惑うこともありました。でも、それは先生が悪いということではなく、先生によって経験や考え方が違うということなのだと思います。

娘は新しい担任の先生にも少しずつ慣れていきました。環境に適応するまで時間はかかりましたが、この一年も娘なりによく頑張ったと思います。

娘はこんな子です

この記事だけでは伝わらない娘の人柄が垣間見える記事もあります。

まとめ

  • 個別の教育支援計画は、園から学校へ、担任から次の担任へ、必要な配慮を引き継ぐための仕組み
  • ただし、年度末の落ち着いた状態だけが引き継がれやすく、実際の環境変化にはズレが生じることもある
  • 先生によって引き継ぎの丁寧さに差があるのが実情
  • 経験の浅い若い先生で、娘の成長という点では小さかった一年だったかもしれないが、娘はその先生のことが好きだった

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