娘は、小学校に入学してまもなく発達の特性(ADHD+ASD)を指摘されました。当時は発達障害がなんなのかまったくわからなかったのですが、娘の問題行動を早く落ち着かせたい、という思いですぐに支援を受けるための手続きをしました。
おかげで、特別支援教室(通級)はその年の2学期、療育病院(診察・OT)は秋過ぎから利用できるようになりました。その頃のことはこちらの記事にくわしく書いています。
この記事では、療育(支援)を受けて1年経った小学2年生の頃の娘の変化と様子を書いていきたいと思います。今回は主に療育病院(OT)で得られたことについて書きますが、特別支援教室(通級)とは連絡ノートを通して連携していて、その活かし方はこちらの記事にくわしく書いています。
指摘を受けた頃の不安
指摘を受けた頃は、この先、この娘はどうなるのだろうか、社会のなかでやっていけるのだろうか、不安しかありませんでした。
療育を受ければ○年で落ち着きますよ、なんて保証はないし(お子さんによって違うのはわかっていますが)、かといって、療育以外に何をしてあげたらいいのかもわからない。外の支援を受けるだけでいいのだろうか、私は親として何をしてあげられるんだろうか、と答えのでない答えを求めて、ずっと頭のなかが忙しかったように思います。それでも、受けられる支援は手当たり次第に手続きをしました。
療育にかけられる時間はわずかだった
娘の場合は、いち早く手続きを開始したこと、いろいろなタイミングがギリギリ間に合ったこと、が重なって、比較的待たずに支援を開始することができました。
けれど、通常なら支援を受けるまでに、1年以上かかることがほとんどだと聞きます。
その長い待機期間を経て、ようやく療育が受けられるようになるのですが、いざ支援を受けるようになった時に、どれくらいの時間が利用できると思いますか?
娘の場合は1ヶ月でたったの9時間でした。
内訳は、特別支援教室(通級)が週2時間、療育センター診察が3ヶ月に1回、療育センターのOTが月に1時間です。(放課後等デイサービスも週に1日利用していましたが、本人の気分次第で、行ったり行かなかったり、療育というよりは娘の居場所づくりの意味合いが大きかったので今回は時間には入れていません)
やらないよりはやったほうがいいだろうけど、9時間で本当に変わっていけるのかな、と少し疑いながら(笑)利用を続けていました。
でも、1年経った当時を振り返ると、療育で得られたものは、単純に「できないことをできるようにするための時間」だけではありませんでした。
娘の特性や苦手なことを専門家の視点から正しく理解できたこと。そして、その理解をもとに、普段の生活の中でどんな工夫をしたらいいのかを教えてもらえたこと。それが、療育を受けた大きな意味だったと感じています。
療育の時間そのものは決して多くありませんでした。でも、その限られた時間の中で得た気づきやアドバイスは、その後の娘との関わり方を大きく変えてくれました。
1年でどれくらい変わったか
そして、療育と呼べるものを月に9時間受け続けて1年が経って、どれくらい変わったか。(特別支援教室が1年半、OTが1年経ちました)
娘は、学校生活では、ある程度、困らないくらいには落ち着いて行動ができるようになっていました。
娘の通っていた療育病院は、就学児は1年しかOTを受けることができなかったので、娘も泣く泣く小学2年生の3月にOTの最終日となりました。
それまで、OTの先生の分析とアドバイスで、私も娘もたくさん助けられ、頼りにしていました。
最後に「○○ちゃんなら、もうOTを卒業しても大丈夫。これから、自分で乗り越えられることが少しずつ増えていくと思います。」と言っていただきましたが、私自身はとても残念な気持ちと、OTがなくなったあとの不安が大きかったことを思い出します。
療育の時間そのものより、大事だったこと
残念ながら、特性は目立たなくなっても消えることはありません。だから、特性に対して、自分の力で乗り越える術を身につけることが成長とともにどんどん大事になってくることを実感しています。
OTでは多くのアドバイスをもらいました。作業療法を通して娘の苦手や困りごとがなにかを分析してもらい、対応策を見立ててもらったことが大きな助けになりました。
もちろん療育の時間だけに頼っていたわけではなくて、私も勉強して実践して、たくさん試行錯誤してきたし、学校の先生とも連携をとって、娘が落ち着いて過ごせる場所、時間を増やせるように努力もしました。
でも、専門家の先生の見立てほど的確なものはないと感じます。1ヶ月にたったの1時間だったけれど、その時間で教えてもらえた具体的な苦手の部分を知ることで、普段の生活を工夫できたことも多くありました。
まだまだ環境や心の状態によって特性が目立ってしまうこともありますが、1年でここまで成長できたのだから、きっとこれからも、という希望を持つことができました。療育を受けた時間はわずかだけど、それ以上の助けを得られたと感じました。
その頃、残っていた課題
OTが終了した時に、娘に残されていた1番大きな課題は、体幹の弱さ(体幹が弱いと姿勢が悪い、グニャグニャしてるように見える)でした。アドバイスはもらっているのであとは鍛えるだけ。でも、体幹を鍛えるためにバランスボールやバランスボードなども購入したりしましたが、なかなかひとりではやってくれませんでした。仕方なく私も一緒にやってみると娘も面白がってやってくれるのですが、運動不足の当時アラフォーだった私にはなかなかきつかったです(笑)
やる気の有無が態度に直結する娘なので、中学生になった今もぐにゃぐにゃしてることがあるかもしれません。でも、学校公開などで見に行くと、今では1番きれいな姿勢で席に座っている姿を見ることができます。姿勢がいいだけでこんなにうれしく思えるなんて(笑)
発達特性のある子育ては大変なことも多いけれど、昨日できなかったことができるようになる瞬間にたくさん出会えるのも、この子育ての中で感じる幸せのひとつなのかもしれません。
この子が娘で本当に良かった、と思える瞬間です。
まとめ
- 療育にかけられる時間は月9時間とごくわずかだった
- それでも、専門家の見立てを日常生活に活かせたことが大きな支えになった
- OT卒業後に残った課題は体幹の弱さだったが、姿勢を通して成長を感じられている
- 短い時間でも、専門家の視点を借りることには長さ以上の価値がある

コメント